うーーん、これはさすがに私も経験したことが無いので分かりかねますが、たくさんの現場に居合わせてきた経験から言いますとやはり「痛いです」。が、個人差があり、上と下でも大きく違ってますし、リアクションの大きな人とそうでない人の差もあり、一概には言えません。ただ、男から見てということです。もっと一般的なところで、生理痛ってありますよね?子宮の筋肉の伸び縮みでおきる痛みで、たとえるなら、ふくらはぎの肉ばなれがおへその下でおきているといった感じです。100ccくらいの月経血を3日がかりで外に出そうと子宮が収縮することで発生するもので、薬を飲まなければがまんできない人もいるほどです。そこから考えて約3000gの赤ちゃんを押し出すための子宮の収縮力はこれはちょっと計算できない痛みの倍率ですね。そこで奥さん方が思うのが、どんなに惚れていても、一度はダンナを呪っちゃうということかな(^^;)。ただそれは良くしたものといえるかどうか分かりませんが、女性の多くは、実際に始まると、徐々に腹をくくって、直面している状況に対応して、最終的には赤ちゃんを産むのです。それは泣いたり、わめいたりして呼吸を乱すほうが痛みが増す場合が多く、だんだん、気付いてくるのでしょう。そして、女性特有(?)の決心みたいなものが出来上がって、最終ゴールに向かって突き進むといった感じで、頼もしくもさえありますよ。もちろん、ついでにそばで「がんばれ」と応援されていれば、その気になってさらに戦闘意欲が湧くといった感じでしょうか。陣痛の始まりはおなかの上に鉛を置いたような鈍痛やつっぱり、腰をたたきたくなるような腰痛、下痢をしたときのしぶり腹のようなギューッという痛みなどから。これらの痛みが規則的にくるようになったら、間隔と持続時間を細かくメモして病院に連絡しましょう。そばで「今はどうだ?」とか聞いてもらってるほうが奥さんもちょっとは気が紛れるでしょうしね。
| 陣痛室での夫の心得 | |
| @この部屋にいるかぎり、夫は妻の忠実な部下に徹しましょう。 | ひと息つきたければ、トイレタイムをよそおって部屋の外へ |
| A飲み物、汗ふき、マッサージ、徹底した給仕ぶりを! | わがままなお客様に応対するホテルマンの心境で |
| B陣痛にしびれて理屈の通らない文句や泣き言も出てくる。 | 熱にうかされた病人だと思えば腹も立たないよ |
| Cギュッと手を握るけれど、軽く握り返して「ここにいるよ」とコミュニケーション。 | 幼児と同じ。スキンシップが重要 |
| D痛みで礼節なんてすっとんでいる奥さんの代わりに、医療スタッフへ感謝を示す。 | お産は医師や助産婦、看護婦との連携プレーだもの。信頼感は大切よ |
−分娩迷言集−
いろいろ口走るよ(笑)
陣痛が始まると、思いがけないことを口走る妊婦さん。
「先生のバカヤロー」は序の口で、
「もう赤ちゃん要らない」とか「もう殺してー」なんていう物騒な人から、
「いやー、家に帰るう!」なんていう甘えん坊までいろいろ。
医師は慣れているから何を言われても平然としているけれど、
ダンナ様はかなり動揺してしまう。
「陣痛は亭主のせい、結婚はまちがいだったわ。離婚する」と宣言した人も、
産んだら忘れてた。^^;
やむをえず帝王切開になるときもある。ダンナ様たるもの落ちついていなければいけない。妊娠中からトラブルがあって帝王切開になりますよ、と言われている場合と、分娩が始まってから危険な状態になったと判断されて急きょ行われる場合とがあります。どちらも手術前に主治医から状況や経過、術後のことなどの説明があるはず。納得できるまで質問もして、その後に手術同意書にサインします。急に帝王切開になるときは、本人がもっとも動揺しているので、夫まで一緒にパニックにならないようにしてください。お産の最終目標は、何も下から産むことではないので、ご安心を。最終目標は母子がともに安泰であること。冷静に考えましょう。さて、ダンナ様がやる仕事といえば、ここは太っ腹に「先生を信頼しておまかせします」とか「うん大丈夫、先生を信じよう」と先生や奥さんに言葉の応援を!そして、その後も常に「大丈夫、これでいいんだよ」と妻をなぐさめ、はげますこと。麻酔をかけても意識は鮮明だから、赤ちゃんのうぶごえ産声も聞こえるし、すぐに抱くこともできます。また、赤ちゃんへの麻酔薬の影響も心配ありません。こんなことを少しずつ離しながら奥さんの恐怖心や不安感を取り除いてあげましょう。SLCでは帝王切開の時でもダンナ様に立ち会って頂けます。
| 帝王切開のやり方 |
| @腰椎麻酔後、腹壁、筋膜、腹膜を縦、あるいは横に切開する。子宮は多くの場合横に切り、卵膜を破って赤ちゃんをとり出す。 |
| A子宮の内壁から胎盤をはがし、切開部分を縫合する。子宮の縫合は自然に溶ける糸を使う。止血を確認してから、腹膜、筋膜、腹壁の順に縫合。手術時間は45〜60分。 |
| B手術後は1〜2日間は絶対安静。抜糸が5〜7日後。退院は10〜14日後。1か月後にはふつうの生活に戻れる。子宮の縫合部が完全になるまで次の妊娠を待ったほうがよいので、1〜2年間は避妊をしましょう。 |
| ウソみたいな新米パパたち… |
| ほんとうにいた! |
| ◎きまじめな人だったのか、緊張のあまり、つき添い中に自分も腹痛と便秘になった夫がいる。分娩予備室でうなっている妻のそばで、同じ時間だけ脂汗を流し、一緒に呼吸法もしてみたが、収縮がきている子宮に効果はあっても、がんこに動かない大腸にはきかなかったという。夫婦で“産み”の苦しみと戦ってしまった。 |
| ◎立ち会い出産希望の夫。陣痛室にいるときから、双方の親たちから携帯電話がかかりっぱなし。実況中継は分娩室に入ってからも続いて「あっ、頭が見えてきた!」などと逐一レポート。イライラが最高潮に達した主治医に「つまみ出せ!」と怒鳴られた。 |
| ◎里帰り出産。陣痛で入院と同時に3歳の姪っこから92歳のひいばあちゃんまで、来るわ、来るわの親族しがらみご一行さま。待合室はさながら親戚懇談会と化し、病院前の居酒屋には中学の同級生グループが陣どって出産祝いの酒盛り。総勢数十人の見舞客が引き上げた深夜にビジネススーツの男性がひっそりと来たが病院の玄関は閉まったまま。生物学上の父親は翌日の午後までわが子に会えなかった。 |
| ◎商売に超多忙なN氏は新幹線の中の携帯電話で誕生を知ったが、トンネルに入って対話が中断。その足で病院に駆けつけ、啓子の名札がついた赤ん坊に「女の子か」と大喜びして、商談の場所にとって返した。翌日、裸のわが子のアソコを見て仰天、「とり違えだ!」。新生児は名前が決まるまで、母親の名札をつけられるのが一般的。この新米パパは妻を旧姓の愛称フーちゃんで呼び慣れていて、啓子の本名を忘れていた(!?)らしい。 |
| ◎学生時代に姉の出産に振りまわされた経験のあるT氏は、夕方に妻の陣痛が始まっても「メシを食ってからでも間に合うよ」と涼しい顔。夕飯が終わってもTVの野球中継がすむまで「大丈夫」。ビールの酔いがさめるまで「待って」。そのうち眠り込んで、夜中に目覚めたときは妻は七転八倒。あわてて病院へ運んだが、病院の玄関先に止めた車の中に医師が乗り込んでの緊急分娩になった。分娩室を使わなくても退院時の支払い額には変わりはなく、奥さんにはうらまれ、損した気分でいっぱいである。 |
| ◎ボンボン育ちのF氏は思っていることをそのまま口に出す癖がある。周囲が跡継ぎの男の子を期待していたので、わくわくと出産に立ち会ったところ、生まれたのは女の子。露骨にがっかりして、「おまえ、女しか産めないのかよ」。気が高ぶっていた産婦は大声で泣き出し、分娩室は騒然。部長先生がとんできて事情を知るや、元柔道部主将の太腕でむんずとF氏の胸ぐらをつかんですごんだ。「そんなら、あんたが産んでみろ!」 |
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妊娠・出産にはトラブルも... |
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| 万一のときこそ、夫がしっかりしたい | |
| 医学がこれだけ発達しても、全体の15%の確率で妊娠や出産にはトラブルが発生します。逆にいえば、85%は安産ということ。だから、あまりビクビクすることはないのだけれど、自分が安産グループか、トラブルグループかの判断はプロでも難しいのです。極端なことをいえば、産科医はこの15%のリスクのためにスタンバイしているといえます。万一の緊張事態はあるかもしれない、と覚悟しながら、いざという時はプロに一任するという心がまえや、何が最も優先されるべきかなどを冷静に判断していただきたい。これは大事なことだと思います。 | |
| 流産した、流産しそう | 妊娠22週までに胎児が死亡してしまうことを流産といいます。全妊娠の10〜15%におこります。もっとも数が多いのが妊娠初期、11週までの流産で、これは受精卵の異常でおきるものがほとんど。手をつくしていったん助けても、結局赤ちゃんの形にはなりません。妊娠中期、12週以降の流産は母体側に何らかの異常、たとえば子宮口が開いたとか、胎盤の機能が悪くなったりしておきるものが多いようです。やむをえないものもありますが、注意して暮らしていれば妨げたものもあります。どちらの流産であったにせよ、終わってしまったものはどんなに悔やんでみてもとり返しはつきません。一番嘆いているのは妊婦さん本人ですから、決して非難がましい言葉やグチを言わないこと。もし、ほかの人が言ったら防波堤になってかばってあげよう。傷心は時間が治療してくれます。また、次の妊娠をあせるような発言もご法度。切迫流産とは、流産の危機が切迫しているという意味。治療はひたすら横たわって「安静」にしていること。守れないようなら入院するのがベスト。「これくらいなら大丈夫」と勝手な判断で妻が動いているときや、動かさせている他の家族がいるときには「今が一番大切なときだから」としっかり指導してください。なにも奥さんのしもべになるだけがダンナ様の仕事ではないのです。全体を大きく見渡して、目先のことで判断を迷いがちな奥さんのベストナビゲーターとしての役割が本当は最も大切なお仕事です。 |
| 早産になりそう | 妊娠22〜36週のお産を早産といいます。別に赤ちゃんが予定日をまちがえたわけではなく、破水したり、妊娠中毒症で胎盤機能が弱かったり、子宮口が開きそうになったりして、胎内環境が劣悪になるとおこります。住めたもんじゃないと脱出をはかるんでしょう。この直前の状態が切迫早産。対応は切迫流産と同じでひたすら安静にします。医学的には妊娠30週前後の胎内での1日分の成育は、外の世界の保育器の中の1週間分にあたるそうです。あまり早い時期(1000g未満)に生まれると、単に体重が少ないだけではなく、肺や心臓の機能が未熟だったり、免疫力が弱かったりして、生きる力が乏しいこともあります。できれば機能が完成するまで子宮に入れておきたいというのが本音。1日でも2日でも長くおなかの中に入れておきたい場合は、入院させて何もさせずに横に寝かしておくのがベスト。自宅静養なら誰かがつき添って、妊婦さんはベッドに釘づけ状態にし、トイレと食事以外では決して縦にしないこと。オーバーでなく、それくらいの注意深さは必要。胎外に出してももう安全な時期であれば、状態のよくない子宮に入れておくより、早めに出てもらうことになりそう。そのへんの判断は主治医がこれまでの経過を見ながら決めますから、あわてず、うろたえずに、説明をよく聞くこと。 |
| 妊娠中毒症 | むくみ、たんぱく尿、高血圧の症状が、一つ、あるいは二つ以上合併して起きるのを妊娠中毒症といます。別に何かの中毒というわけではなく、妊娠するとあやしげな毒素が出ると信じられていた昔むかしのネーミング。妊娠中毒症はいまだに原因不明。でも、血管の異常収縮によるものだというのはたしかなので、予防も治療も血管にやさしいことをすること。喫煙なんてもってのほか。それから、塩分のとりすぎは血圧を上げるから、減塩食を守ること。漬け物・つくだ煮は厳禁。せんべい、スナック類も原則として禁止。パン、めん類はおいしいほど塩分が強いので、量を制限。調味料はケチャップ、マヨネーズ、酢はOKですが、しょうゆ、ソースは1日に小さじ1杯まで。一般成人の塩分摂取量(15g前後)の半分が理想なのですから、けっこう厳しいです。この時期、妊婦さんは調理しながら自分では味見もできないのだから、イライラはつのるばかり。ゆめゆめ、手料理に文句をつけないように。もう一つ血管にいいことはストレスの解消。手軽で効果的なのが入浴と睡眠です。体を横にすると血液の循環量が増えますから、むくみも軽くなるしね。7か月すぎの妊婦さんは猫と同じ。気楽にころがっているのが仕事だと思っていて。 |
| 未熟児で生まれた | 未熟児とは生まれたときの体重が2500g未満の赤ちゃんのこと。でも、臨月に入ってから生まれて、たまたま体重が少なかった場合は、保育器を使わないでも元気に育つし、じきに標準体重に追いつきます。しかし、早産で生まれた場合はからだのあちこちの機能が未完成なため、子宮なみの生活環境をつくれる高度の医療設備と、専門スタッフのケアが必要。一般病院でケアできる限界はせいぜい1250g(30週)まで、とされています。この施設を新生児集中治療室(NICU)といいますが、早い時期からここでケアされれば、1000g(28週)くらいの赤ん坊なら75%は生存可能。また、後遺症の心配はほとんどなくなり、体や運動能力の発達にも支障はないというから、ほんとうに安心!でも入院で、赤ちゃんを抱けない親はせつないでしょうね。特に産後まもない母親は、マタニティブルーもあって、どっと落ち込みやすいみたい。これから夫婦で具体的に何をするか、わが子のために何ができるかをじっくり話し合いましょう。女性はついつい、目先の数字で動揺するし、何かと不安がります。その点、男性は長期展望をもったり、社会の対応など、先を見通す役割を!赤ちゃんの入院を前向きに、肯定的にとらえる努力をしてみて下さい。父親が岩のように動かなければ、母親の動揺もおさまるから。 |
| 死産 | 医学がこれだけ進歩しても、出産時の赤ちゃんの死亡例は皆無ではありません(厚生省の資料によると、出産1000人に対して16.4人)。原因は母体のトラブル、赤ちゃん自身の問題などいろいろですが、解明をしたところで赤ちゃんは生き返ってこない、くやしいけれどそれが現実なのです。今まで聞いていた、赤ちゃんのために用意された数々の品が、家に帰っても全く無く、まるで妊娠したのがウソのように、周囲の人間も、その話題に触れようとしない。こんな状況に陥ったら、周囲は気を使ってくれてると分かっても、赤ちゃんを抱けなかった悲しみも入り混じり、説明できないほどの混乱と悲しみに打ちひしがれてしまうこともあります。そんな時はダンナ様が率先して、徹夜で語り明かしたり、ひたすら彼女が言うことに耳を傾けたりして、心のケアに全力を注いでください。自分の悲しみを抑えて妻を支えたダンナ様はひと回り大きくなって、その後の更なる幸福につながっていったケースをたくさん見ています。子を亡くした親の心の整理をモーニング・ワーク(喪の仕事)といいます。つらいけれど、ホルモン状態も戻っていない、体も回復していない母親に比べれば、父親のほうがまだしも気力、体力が残っています。簡単な密葬、死亡届け、あと片づけなどの事務処理をしましょう。気をまぎらわしたり、酒の力を借りたりして逃げないこと。わが子の死を受け止めて、二人で気がすむまで悲しむことです。自分が孤独でないと気がついたときが、次の生活への再スタートでしょう。すべては時間が解決してくれると思います。 |
| 妊婦が命を落とすことも | 厚生省の資料によると1993年で91人の妊産婦さんが亡くなっています。原因で一番多いのは妊娠中毒症で、ついで分娩前後の出血、その他です。約30年前の1965年には1500人余りもの人が亡くなっていたことを考えると、医療技術の発達や妊婦検診などの充実によって、ここまで死亡数が減ったといえますが、それでも、妊婦さん全員がハッピーエンドになるわけではないのです。この事実を夫にも知っておいてもらいたいと思います。 |
| 障害があった | どんなに予防や注意を怠らずに完璧な妊娠を続けてきたとしても、100人に1人の割合で何らかの障害がある子が生まれるといわれています。障害の重さにもよりますが、事実を知ったときの親の頭の中が真っ白になるといいます。パニックになって、わが子と認めたくないと口走ったり、障害を嫌悪し、逃げたいという正直な感情と、親としての社会的な責任感とのギャップで悩むこともあるそうです。でも、それは自然な感情で、少しも恥ずかしいことじゃない。シビアな現実をすぐに受け入れられるほど人は強くはないのです。なぜ100分の1の確率が自分たちだったのか?その自問は初めのうちだけで、やがて子どもの成長とともに、本質的にはごくふつうの夫婦、親子、家庭が営まれているのだと気がつく、と先輩の親たちは口をそろえて言います。ただ、道のりが少し違うだけで……と。妻は妊娠中から早くも母親の自覚を持ち出しています。しかし夫は家にいる時間が短くて接触が少ないうえに、健常な子であれば笑顔、難語、しぐさで甘えの交流を始めてくれる時期にそれらがなかったりすると、どう対応していいかわかりません。「いとしいわが子」という実感がないまま、ともすると義理的な親子関係のままになりがちです。父親が障害児をわが子として受け入れ、共に暮らす覚悟ができるのには、人によっては年単位の時間がかかります。その間には、夫婦の葛藤、動揺、世間とのあつれきがあって、投げ出したくなることもあるでしょう。これを乗り切るには、夫婦二人の世界に閉じこもらないこと。同じ障害を持つ子の親の会に参加した、専門家のカウンセリングを受けたり、ボランティアの助けを借りて、ともかく「支えてもらう」ことです。物理的に子どもと触れ合う機会が多くなり、やがて社会との接点としての父親の役割が出てくると、何、ふつうの親子とかわらないじゃないか、と気がつく時期がきます。あせることはありまん。 |
昔の人が子育て真っ最中のころは、男は仕事、女は育児に専念するものという考え方の人が多かったですね。手助けする、といっても、こちらの手があいているときは……という条件つきだったから、僕を含めて、多忙な人は何にもしなかったはず。特に妊娠中の奥さんに対して何もしなかった。それと比べると、現在通院中の妊婦さんのダンナ様たちは、雑誌やビデオなどでよく勉強しています。胎教にいいと聞けば、毎日でもそれをやっているし、休日でも両親学級に出てくる、奥さんのアッシー君をしてやる、ほんとうにエライとおもいます。でも、奥さんからしてみれば、そんな話を雑誌やテレビで知って、「当然、うちのダンナ様も」と自然に思い込んでしまっているところに、現実とのギャップが大きくストレスとなって、のしかかってきているケースが少なくないのです。奥さんはもっと、もっとと要求する、ダンナ様はがんばって、がんばって人に負けないように努力する。でも、妊娠中の妻の精神的支えになり、できるかぎりの家事を代行してやりたいというような願いだけが先行して、なかなかできない自分にあせったり落ち込んだりしまう。そんな気のやさしいでもちょっと不慣れなダンナ族に言いたい。「いいんだよ、協力も共感もできる範囲で」。だから、もっと肩の力を抜いてください。仕事人間には時間の制約というものがあります。物理的にできない協力だってあるのです。そんなときは、せめて、妻の置かれている立場、苦境、体調の悪さなどに耳を傾けるやさしさを持ってほしいな、と思います。そりゃもちろん物理的に手伝って欲しいことだってたくさんあります。「気持ちだけじゃどうしようもない」と奥さんに思われたり言われたりすることもあるでよう。でも、落ち込まず、投げやりにならず、大局に立って、大きく奥さんを包んであげてください。
| ぼそぼそ話し集 |
| ★急に母親顔になる妻は妖怪か?妊娠したとたんにカミさんは僕をパパと呼び、酒も、タバコも(実はセックスも)排除して、おなかの子を中心の清く正しい生活に切り替えた。僕はとり残されたようにさびしく、惚れた女の変貌に幻滅した。でも産後、授乳におむつ替えにと精力的に母親していたのには頭が下がる。気まぐれな男にはとてもできまい。仕事同様、子育ては結果がすべてだ。僕は今、カミさんは妖怪変化ではなく、魔法使いだったのかもしれないと思っている。 |
| ★気配り満点の営業マンパパは、差し入れのお菓子を毎日同室四人に2個ずつ買ってくる。それを聞いたほかの三人のパパたちも返礼のお菓子を人数分届け続けた。結局退院するまでに四人とも体重を2kgずつ増やしてしまった。(むやみにエサを与えないでください) |
| ★妊娠6か月のころかなぁ、女房が「ほら、動いてる」と騒ぐからおなかに手を当てるとピタッと止まっちゃう。何度やっても同じだからやめちゃった。その話をしたら先生に「声をかけながらさわってる?」と言われた。半信半疑で野球応援のメガホンをあてて「お〜い、元気かい?」と呼びかけたらピクピクッと返事を返してくれた。いきなり無言でさわられたら、誰だって緊張してじっとしちゃうよな。胎児も人間だって忘れていたよ。 |
| ★もみじのような赤ん坊の手をしみじみひっくり返しているパパ。そんなにかわいいのかと冷やかしたら、まじめな顔で「いやぁ、どこか僕に似ていないかと……酔っていて、ちょっと覚えがないものですから」と弁明した。(本人には深刻な問題かも) |
| ★顔で笑って心で泣いて……女心をグサリと臨月の女房に頼まれて風呂場でシャンプーしてやったとき、 あまりのおなかの大きさに「まるでトドかブタだな」と笑ってしまった。何年もたって「あのときはひどく心が傷ついて、一晩中泣いていた。」と聞かされてビックリ。妊娠中に自分 の体が別のもののように変わっていくのはショックで、果たして元の容姿に戻れるのかどう か不安でたまらなかったという。女房を一人の女性として見ていたら、決して言ってはいけ ないセリフだった。入院から出産までの経過早わかり病院か助産院かで差はあるが、平均的な対応は2−2で確認してね。 |
| ★病院への謝礼は原則として必要ないが、例外もある。出産時の病気で生死をさまよった赤ちゃんの退院の日。板前のパパは徹夜で赤飯を炊き、病院中に配って歩いた。もう一人、ぶっきらぼうで無口な若い大工のパパがいた。彼の妻子が退院したあとに部屋を片づけた看護婦は、こわれかけていたロッカーの扉が修繕され、ガタがきていた引き出しにカンナがかけられているのに気がついた。(父よ、あなたは偉かった) |
| ★最近では本物のコックさんが作るグルメ料理を特色にする産院も多くなった。個室に入院中の産婦さんを必ず夕食時間帯に見舞うパパがいた。自分はコンビニ弁当と缶ビールを持参して、妻の夕食のおかずを一緒につっついているらしい。(妻は「私は、どこにいてもあんたの飯炊きおばさんか?」と言ったとか) |
| ★孫が生まれる、ひ孫が生まれるというので、田舎の親と祖父は姓名
判断の本をひっくり返し、易の人にみてもらって大はりきり。なのに、出生届ぎりぎりに送 られてきた名前はひっくり返るほど、ダッサーイもの。女房は怒って「あなたの全責任で、ともかく違う名前を出してきて!」そう急に思いつくわけでもなく、女房には内緒で初恋の 人の名前を拝借した。愛称の「ノンノ」まで同じだが、ちょっぴり幸せ気分……。 |